toggle
2016-03-23

「メメント・モリ」原田宗典・著 ブックレビュー

DSC_2557

学生時代、原田宗典さんのエッセイがとても好きでした。

若さゆえのお馬鹿なエピソードや、
なんてことのない毎日をユーモラスに描いた日常的エッセイが

ちょうど自分の学生時代に次から次へと発表されており、
お手軽お気軽に読めることもあって次から次へと読み漁っていました。

ただ正直に言って当時原田さんの書いた小説は全然楽しむことができませんでした。
「優しくって少しばか」や「スメル男」、「平成トム・ソーヤー」などの代表作も、
あっさりとしたエッセイとは真逆で冗長でしつこくまとわりついてくる文体で、
例えるならぼんやりとジメッとした梅雨の入り口のような
なんとなく不安になる読感があり、あまり積極的に手にすることはありませんでした。
なので僕にとっての原田宗典はずっと「エッセイスト」でした。

僕が社会人になった2000年代に入ってからは徐々に発表される作品が少なくなっていき、
それと同時にその作品を読む機会も少なくなっていきました。

そして2013年、久々に原田宗典の名前を見たのは
覚せい剤取締法違反・大麻取締法違反(所持)で現行犯逮捕という
なんとも悲しいニュースででした。

原田さんはエッセイが全盛期のさなかに、車が大破するほどの交通事故に遭われました。
その後文章が書ける気分ではなくなったと当時のインタビューか何かで読んだ記憶があります。
文筆家にとって文章が書けなくなるということは、
かなりの心の負担になるであろうことは想像に難くありません。

裁判時の証言を読むと文章が書けなくなる中で、家族とも問題が起こり、
一人暮らしを始めた途端に東日本大震災が起こってしまい心が弱くなってしまった
というようなことが書かれていました。

「メメント・モリ」(死を想え)

「メメント・モリ」
昔の原田宗典を知る人からはおよそ想像しにくいタイトルが付けられた小説が

執行猶予のついた判決から2年後の2015年に刊行されました。

内容は作者自身の薬物使用の背景や心情を描いた私小説です。
あくまで小説なのでずべてがありのままに描かれているわけではないと思いますが、
前述の裁判時の証言と照らし合わせてみても
事実に基づいた部分が多い
小説なのではないかと思います。
かなり赤裸々に作者自身の内面の弱さや醜さが描かれています。

しかしそれ以上に意外なのは、およそ明るくなりそうにない内容にも関わらず、
筆致が軽妙であまり嫌な気分になることもなく、
むしろ往時の「バカな大人のお馬鹿エピソード」のエッセイを読むような、
面白味すら感じることができたことでした。

本人のやる気とは裏腹に最悪のタイミングで最悪の事態が起こる、
そんな最悪な状況を作者自ら「しょうがない奴だなぁ」と俯瞰しながら
淡々とシニカルに恥ずかしさすら覆い隠さずに文章にする。

そこには「これからは薬物と決別して作家として生きていく」という
気負いはまるで感じられません。
むしろ「人生というのはこんな不可解なことの連続なのだ。それでも人は生きていく。」
という開き直った人生観を感じることができます。

死とは対照の生を物語のエンディングに据えたことで読後感も良く、
未来を想うことの明るさや希望を感じさせるものになっています。

そしてなりより、この作品は初めて「おもしろい」と思えた原田宗典の「小説」でした。

薬物の使用というのはもちろん褒められることではありません。
しかし逮捕、裁判を通して周囲の人々の温かさや優しさを再確認したことで
あきらかに原田宗典という小説家の作品は一皮むけました。

この作品は読む人によってはもしかしたら嫌悪感を覚えることもあるかもしれません。
しかし、これまでの事を清算するという意味でも
作者にとっては書かなければならない作品だったのだと思います。

原田さんの今後の小説、そしてもし可能であるのならエッセイにも期待せずにはいられません。

Pocket

関連記事