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2024-04-17

コーヒー屋って舐められてます?

毎年春になると「コーヒー屋(カフェ)を始めたいんです。どうしたらいいですか?」という問い合わせが増える。この春もすでに4~5人の方から聞かれていて若干閉口しているところである。

いい加減毎年同じ質問をされすぎて、こちらもこの質問に対する受け答えのフローチャートが出来上がってしまっているのだが、そのフローチャートに従うと次に僕はこう聞き返すことになる。「どうしてコーヒー屋(カフェ)をやりたいんですか?」と。

この先は相手の答えによってフローチャートの分岐がいろんな方向に向かっていくんだけど、残念ながら最近はフローチャートが即終了になってしまう、言い換えれば僕ではお役に立つことができないタイプの答えが返ってくることがとても多い。

いくつか例を挙げると「自分の居場所を作りたいから」「人と人が繋がるコミュニティをつくりたい」「みんなの居場所になれるような場所をつくりたい」などなどが即終了フローチャートへとつながる回答だ。こんな感じの理由でコーヒー屋を始めたいというのであれば僕としてはアドバイスできることは何もないし、場合によってはその理由なら絶対にやらない方がいいですよという提案をすることもある。

「自分の居場所を作りたいから」「人と人が繋がるコミュニティをつくりたい」「みんなの居場所になれるような場所をつくりたい」という気持ちそのものを否定するわけじゃないんだけど、それを表現するための商売としてコーヒー屋やカフェといった業態を選択することには同意できないし、もうちょっと強めに言うとこの種の返答をする方はコーヒー屋という仕事を下に見ている気がして不愉快な気持ちにすらなる。

まずなぜそうした気持ちを表現するための商売にコーヒー屋(カフェ)が不向きなのかについてだが、身も蓋もない言い方をすれば『単価が安くて回転率が生命線のコーヒー屋が「人と人が繋がるコミュニティ」や「みんなの居場所」になってしまったら回転率が悪すぎて利益なんか出るわけないじゃない』ということになる。大手企業がブランディングの一環としてコミュニティ的役割を重視したカフェを運営するのは一向に構わないんだけど、個人事業の規模で初手からそういう場所を作るのは商売として詰んでいると言わざるを得ない。

僕はお店を始める前に事業計画書を作ることを推奨しているが(作るのが当たり前なんだけど)、事業計画書には収支計画も含まれる。お店の売り上げは「客単価×客数」なので客単価が低いコーヒー屋は客数の方を増やす以外に売り上げを増やす方法は基本的にない。なのにコーヒー屋にコミュニティ的役割をイメージする人はこの大事なことすらそもそも理解していない。信じられないことだが理想の場所を作ることを是としすぎて、利益が出なければ場所なんてそもそも維持できないことまで想像が及んでいない。

もうひとつ。

なぜ先に書いた開業動機が「コーヒー屋という仕事を下に見ている」と感じるのかだが、それは肝心の商売道具であるコーヒーそのものについて開業動機の中で何ひとつ言及していないからだ。このタイプの方々に「コーヒーの勉強ってされてます?」とか「どこかコーヒー屋さんで働かれた経験は?」って聞くと面白いくらい一様に「それはこれから勉強していきたいと思ってます」という答えが返ってくる。

当たり前だけどコーヒー屋はコーヒーを消費者に提供し、その対価としてお金を頂く商売だ。まあ多少は場所代や雰囲気代がコーヒーの価格に上乗せされているかもしれないけれど、コーヒー屋をコーヒー屋たらしめているものは自らが提供するコーヒーの味でしかない。そして消費者はよりおいしいコーヒーを選んでくれる(と信じている)からもっとおいしいコーヒーを提供できるよう一釜一釜の焙煎時に頭を悩ませているわけだし、そのコーヒー豆から最良の一滴を抽出できる方法を追求している。

「自分の居場所」や「コミュニティ」を作りたいという開店動機の人はこうした見えない部分のコーヒーの難しさを全く理解していない。理解していないどころか自分が理想とする場所を作るにはコーヒーという道具を使うのが一番簡単だと無意識で思ってしまっている。なぜならそうした場所を作るのに飲食店を選ぶのであれば別にコーヒーである必然性は無いわけで、中華料理でもフランス料理でもイタリアンでもお寿司でも提供する料理の種類はなんだっていいはず。でもそうした本格的な料理を作るには経験がいるから難しい。だけどコーヒーならたいした経験がなくてもお金に換えられるレベルに到達できるはず。無意識なのかもしれないけどそう思われているように感じるから下に見られていると思うわけだ。20年以上焙煎してる僕の立場から言わせてもらえば、コーヒーの味はほんの些細な焙煎の違いで大きく変わってしまうし、抽出するときに注ぐお湯の太さが数mm違うだけで全然違う味として表出される。その微細な差がおいしいコーヒーとおいしくないコーヒーを分けるのだから簡単なものであるわけがないし、追求すればするほど奥深いと思わされる世界だ。

余談だが、最近は自家焙煎のお店でもおいしくないコーヒーを平然と出すところが増えている。一般に良く名が知られるお店でも必ずしもおいしいコーヒーを出しているとは限らない。というか名が知れてある程度規模が大きくなったお店ほど平気でおいしくないコーヒーをさもおいしいものであるかのように理屈をこねて提供している。もしかしたらコーヒー業界のこういう状況がコーヒー屋を始めたいと思う人たちの心理的なハードルを下げているのかもしれない。この状況が続けばコーヒー業界はそう遠くないうちに自らの首を絞めることになるので心当たりのあるお店には自省してほしいと切に思っている。

閑話休題。

というわけで、コーヒー屋を始めたいと思うのであればその理由の第一は「おいしいコーヒーを作りたい」であってほしいと願っているというのが正直なところだ。その理由であれば質疑応答のフローチャートはそこから細かく枝分かれしていき、場合によっては僕でもお店作りの役に立てることがあるかもしれない。実際自分が焙煎などを教えて今は自分の屋号で活動している弟子たちは程度の差はあれ最初からコーヒーという飲み物に真摯に向き合っていたし、だからこそこちらもしっかりと教えてあげたいという気持ちになれたのだと思う。

以上いろいろと書いたが、これを読んでなお自分でコーヒー屋(カフェ)を始めたいという気持ちの方は当店で開催している『コーヒー屋になりたい人向けスクール』を受講してみるのがおすすめです。

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