深煎りのコーヒーのおいしさに関する考察と純粋カッピング批判
浅煎りのコーヒーが一般に広く受け入れられるようになって久しいですが、一方でフレンチロースト以上の深煎りのコーヒーに出合う機会は少なくなってきているような気がしています。いわゆる「スペシャリティコーヒー」を扱うコーヒースタンドなどではフルシティローストが一番深い焙煎度合いでこれを深煎りとして販売しているお店も見受けられます。
僕としては深煎りと呼べるのはやはりフレンチロースト以上、豆の色が赤褐色ではなく少なくとも黒褐色より黒寄りのものだけで、フルシティローストは中深煎りと呼んでいます。(実はこの辺の呼称については明確な定義がある訳ではないのでお店の都合次第で便利に呼び分けられています。)
便宜上「深煎りと浅煎り、どちらの方がお好みですか?」と豆選びに迷われている方に聞くことはありますが、僕は別段どちらの方が好きということは無く、おいしければ、もうちょっとコーヒー屋的な言い方をすればその豆に一番合った焙煎度合いが採用されていれば焼き方が浅かろうと深かろうとおいしいコーヒーだと考えています。
ただしその「おいしい」という評価の基準として浅煎りのコーヒーにはカッピングという手法が確立されているのに対し、深煎りのコーヒーではそのような客観的な判断基準は無く、抽出されたコーヒーを飲んでなんとなくおいしいとかおいしくないと感じているだけなのが現状です。
でも僕はそれでいいんじゃないかなと思ってます。
サードウェーブという言葉がコーヒー業界で流行りだしてから「コーヒー豆が本来持つ酸味やフルーティー感を活かせる浅煎りこそが本当のコーヒーの楽しみ方だ」という考え方が急速に広まりました。元からこういう言い回しだったのかは知る由もないのですが、この表現は言外に深煎りの否定という要素が含まれていることは日本語を母語とする方なら感じ取れると思います。この表現が真であるならその裏返しとして「コーヒー豆が本来持つ酸味やフルーティー感を活かせない深煎りは本当のコーヒーの楽しみ方ではない」というのもまた真となってしまうわけです。
僕はコーヒーに携わる方々がたとえどんなにサードウェーブというムーブメントを作りたかったからといって深煎りのコーヒーを否定するわけはないと信じているので(でなければ “A Film about Coffee”で大坊珈琲さんがフィーチャーされることは無かったと思うし)これは絶対に「コーヒー豆が本来持つ酸味やフルーティー感を活かせる浅煎りもコーヒーの大事な楽しみ方のひとつだ」と表現するべきだったと思い続けています。
その上で嗜好品としてのコーヒーの価値を高めるためにもカッピングでの評価を行い、消費者に美味しいコーヒーを届ける。サードウェーブはスペシャルティコーヒーの存在を世に広め、コーヒーの楽しみ方の幅を広めてくれた素晴らしいムーブメントではあったけど、意図的であったにしろなかったにしろ言外に深煎りの否定を含んでいたことだけが残念でなりません。
閑話休題。
さて深煎りのコーヒーの話に戻りますが、先に述べた通り浅煎りのコーヒーの評価基準がカッピングという技法を通して確立されている一方(厳密にいえばカッピングも農産物としての味の評価なのであって、それを評価するには浅煎りが適しているというだけで、浅煎りのコーヒーの味の評価=カッピングではないということは念のため書き加えておきます)フレンチロースト以上の深煎りのコーヒーではその味を客観的に評価する手法は今のところ存在しません。
では深煎りのコーヒーのおいしさはどのように評価、表現すればいいのか。先にも書きましたが僕は実際にコーヒーを飲んでみて「あぁ、このコーヒーは美味しいねぇ」とか「これは・・・うーん」と思うレベルで全く問題ないと思っています。しかしながらそれではあまりにプロとしてコーヒーに携わる者としての矜持に欠けるので、普段僕が深煎りのコーヒーを飲むときにどういう思考のプロセスを経てそのコーヒーの味を評価しているのかを記してみたいと思います。
①口に含んだ質感
一般的なカッピングでも評価項目に含まれますが深煎りのコーヒーの場合まず最初にこれを意識しています。粘り気や密度、濃さ、重さ、舌触りの滑らかさなど、もしかしたら浅煎りよりも深煎りの方が差が出やすい項目かもしれません。基本的には濃度が高く舌触りが滑らかな方が高い評価になります。なお深煎りの場合、焙煎直後よりも数週間から一か月程度経った豆の方が評価が高くなる傾向があります。
②甘さ
こちらも一般的なカッピングに含まれる評価基準。浅煎りにおけるフルーツの甘さではなく、黒糖やカラメルなど深煎りならではの甘さが感じられるかどうかがポイントです。
③香り
浅煎りのカッピングでは風味特性や地域特性(テロワール)としての評価の一部に含まれる香りですが、深煎りの場合その要素は弱くなるので、単純に香りが飲みやすさに寄与しているものかどうかが重要です。焦げ感のある香りなど飲みやすさを阻害する要素があるとマイナス評価となります。浅煎りと違って豆のポテンシャルというよりは焙煎技術によって評価が左右される項目です。
④後味
こちらも浅煎り同様大切な要素。口の中に幸せな甘さが長く続くコーヒーは高評価。一方、焦げ感や芯残りの青臭さが後味として感じられるコーヒーは低評価になります。香り以上に豆のポテンシャルよりも焙煎技術によって評価が左右される項目です。
⑤焙煎度合
深煎りはフレンチローストからイタリアンローストまでなので選択できる焙煎の幅は一見狭そうですが実はそんなことはなく、使用する豆に合った焙煎度合いはその狭そうな幅の中でもさらにごく限られた範囲に限られていると経験上感じています。もうちょっと深く(もしくは浅く)焙煎すれば美味しさを更に引き出せるのにと感じた場合には評価は低くなり、適切な焙煎度合いと感じた場合には高い評価となります。この項目は客観的ではなく経験を基にした主観的な評価でいいと思います。
以上の5要素が僕が深煎りのコーヒーを飲んでその味を評価するときに考えていることです。こうして書き出してみると深煎りにおける味の評価は豆そのもののポテンシャルの評価だけではなく、そのポテンシャルがロースターによって適切に表現されているかどうか、つまりロースターの焙煎技量も問われるべきものであるということに気づかされます。(以前は浅煎りのコーヒー豆のカッピングにおいても焙煎技術の良し悪しは問われるべきではないかという疑問があったのですが、あれは元々生産地でのコーヒー豆の出来を評価するもので、複数の豆を同条件で焙煎した上で比較することの方が重要なので焙煎技術を問う必要はないのだと理解しています。なので店舗で行われるパブリックカッピングは焙煎技術も問われるべきとも言えます。)
なお浅煎りのカッピングに倣った書き方で5つの要素を挙げましたが、カッピングの手法として一般的に用いられる中細挽きのコーヒー粉10gにお湯を166ml注いで3分浸してから行うやり方は深煎りの場合もちろん必要ありません。そのお店の淹れ方で普通に提供された深煎りのおいしさを敢えて言語として表現するのなら上記の5要素に分けて考えてみると分かりやすいのではないかというだけの話です。そもそも僕はカッピングでコーヒーの評価をするのは生産地での評価とロースターが豆を選ぶときにだけやればいいものだと思っているので、店舗でそのお店が提供するコーヒーを並べてパブリックカッピングをすることはほぼ無意味だと思っています。だってコーヒーの味というものはお店ごとの淹れ方を含めて成り立っているわけですし。
要するに今回挙げた5要素は分かりにくいとされている深煎りのコーヒーの味わい方や表現の仕方を理解するための一助になるものでしかありません。序盤にも書きましたが「抽出されたコーヒーを飲んでなんとなくおいしいとかおいしくないと感じる」だけで深煎りのコーヒーは充分に楽しめます。変に気取って良く知らないフルーツの味に例えたりして全体のバランスを見失う必要もありません。そういう意味では深煎りのコーヒーというものは浅煎りよりも敷居が低く誰でも楽しめるコーヒーなのではないかと思っています。
ありがたいことにウチのお店では浅煎りから深煎りまでまんべんなく楽しまれる方が多いので今回の文章は何を今更という内容になってしまっていると思うのですが、もし「コーヒーは浅煎りが本来の楽しみ方。だから深煎りは飲まない。」という方がいらっしゃいましたら、ぜひ深煎りのコーヒーの良さも実際に飲んでみて感じていただければ幸いです。だって浅煎りのコーヒーだってブームになるまでは「浅煎りなんか酸っぱくて飲めない」というイメージを持つ人の方が圧倒的に多かったんですから。
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