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2022-09-22

コーヒー屋が本を売る意味

店舗改修前から実験的に始めていた本の販売ですが、営業再開と同時に本格的にスタートしました。新刊本と古本が入り混じってますが(店主がそこの違いを気にしないため)、栃木県内ではまだまだ目にする機会が少ない独立系雑誌なども取り扱っています。

今回はどうしてわざわざコーヒー屋が本を売るのかということを書きたいと思います。

書店業界の調査によると全国の書店の数は2000年からの20年間で半分ほどに減ったそうです。これには書籍の電子化など様々な理由があると思いますが、個人的には必要な情報がインターネットを通じて簡単に手に入るようになってしまったために本から得られる情報の価値が下がってしまったことが大きな原因なのではないかと思っています。さらにこれと関連して人文学教育の軽視が本を読むという行為の価値を低くしているとも考えています。

インターネット上での「検索」が世界中の人にとって当たり前の行為となって以来、人間の知識は「深淵なる知」ではなく、そのことをただ知っているという「表面的な知」に置き換わりつつあります。たとえばウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を例にすると、実際に岩波文庫を通読しなくとも「ウィトゲンシュタイン」「論理哲学論考」と検索すれば「およそ語られうることは明晰に語られうる。そして、論じえないことについては、人は沈黙せねばならない」という結論を簡単に手に入れることができてしまいます。そこまで極端でなくてもYouTubeなどの動画サイトにも論理哲学論考を簡単に解説した動画は数多くあり、実際にウィトゲンシュタインが著した書物を通読せずともなんとなくウィトゲンシュタインが言わんとすることは把握できてしまいます。そして日常的な会話における知の深度としてはこのくらいでも全く問題ないわけです。

本来であればインターネットで触れた情報についてさらに知の深度を深めたいという欲求から実際にそれに関連する本を読んでみるという流れがあればいいのでしょうが、そこを深く突き詰めるには現代社会には情報が溢れすぎています。次から次へと興味関心が移ろいでいく世の中では深淵なる知を求める時間の猶予はありません。またそもそも人文学分野を「学ぶ」という行為は資本主義社会においての価値がどうしても低くなってしまいます。

しかしながら実際は社会が深淵なる知を追い求めにくい環境になっているというだけで、やはり本を読んで知識を深めるという行為は楽しいものですし、学びの本質は本を読むという行為の中にあります。

たとえば先ほど例に挙げたウィトゲンシュタイン。結論が「およそ語られうることは明晰に語られうる。そして、論じえないことについては、人は沈黙せねばならない」だということはわりと知られていますが、本当に面白いのはやはり彼の思考がそこに至るまでの過程の方です。僕自身なんども論理哲学論考は読み返していますが最初はちんぷんかんぷんだった論理の組み立てが読み返すたびに少しだけ見えてくるようになりました。もちろん自分は哲学に関して門外漢なので全体を理解したなどはとても言えませんが、本を読み返すたびに得られる新しい気付き、これこそが知の深淵へと向かう掘削作業であり、こうした脳の肉体労働こそが知に筋力を付けることに繋がるのです。

さて話は最初に戻りまして、僕は全国の書店の数が減少している理由として「必要な情報がインターネットを通じて簡単に手に入るようになってしまったために本から得られる情報の価値が下がってしまったこと」を挙げました。これは逆に考えると「書店に並ぶ本からは価値のある情報を得ることができない」と言い換えることもできます。しかし本当にそうでしょうか?

先ほどから例に挙げているウィトゲンシュタインの著書など哲学書や過去の名文学を多く刊行する岩波文庫から「価値のある情報を得ることができない」と言えるでしょうか。決してそんなことはないはずです。ではいったい何が書店の数を減らしている理由なのでしょう。その答えの一つは多くの書店がインターネットからは得ることのできない本の価値を適切に提案できていないことだと思います。実際ベストセラーなどを大量に販売することで利益を生み出さなくてはいけない大型の書店でそのようなきめ細やかな価値の提案は難しいでしょう。

そこでコーヒー屋が本を売るということに意味が生まれてきます。たとえばコーヒーに関連する本。当店に足を運ぶ客の多くはコーヒーが好き、コーヒーに興味を持っているという方です。ある程度のコーヒーに関する知識を持った店主であればコーヒーに関連する本の内容や価値を把握した上でその人にあった本を適切に提案することができます。また大きな書店ではないがゆえに独立系出版社の雑誌(現在当店で取り扱っているものだと『LOCKET』や『NEUTRAL COLORS』などが該当します)も取り扱いやすく、客層もそうした雑誌の感性を受け入れてくれやすい方が多いので魅力の提案も容易です。

実際大型の書店が減少傾向にあるなかでも店主がセレクトした特徴のある品揃えの独立系書店と呼ばれる本屋さんは増えつつあるとも言われています。こうした「本の持つ価値」を正しく消費者に提供し「深淵なる知」を掘り起こすきっかけとなる本屋のひとつになりたい。それが悟理道珈琲工房が本屋を始めた理由です。

決して本の種類や数は多くありませんが、なにか一冊でも本棚を眺める人の心に刺さる本を置くことができればいいなと思っています。


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